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エッセイ+短歌集

遠き山並み

著者 / 大山みよ
サイズ:B5判
製本:ハードカバー
ページ数:154ページ(オールカラー)
発行日:2009年7月7日
内容紹介(エッセイ)
一 鏡と九人兄弟
遠き山並み 画像3
兄弟全員

「みよが小学校に入学する時は、三越から着物を取り寄せて着せてやったものだ」
 こたつを囲んで兄夫婦とお茶を飲んでいると、突然母が昔の事を言い出した。
 「そんな時もあったかな」
と話を聞いている。
 窓を眺めると春だというのに外には雪が降っていた。
 私が子供の頃、家には大人の背丈ぐらいの黒い縁取りの鏡が廊下の突き当たりに備えつけてあった。
 その鏡の前でまるで花嫁のように立たされて、まだ躾糸のついた真新しい着物を着せられたのを思い出した。黄色い花柄のちりめんだった。
 その頃が我が家の全盛時代だったのだろうか。子供一人ひとりに子守りがついて、下男下女もいた。
 いつも家の中は大勢で賑やかだった。母屋は合掌造りの屋根で、その周りの離れには仕事小屋、冬の燃料の木小屋、堆肥小屋まであった。この小屋は、戦時中は疎開者のために、戦後は引揚者のために開放された。
 母屋の中程に仏間があり、ぴかぴかの仏壇が怖くて、お供えものをする時は立ったまま鐘だけ打って逃げ出してきた。床の間の掛け軸はいつも取り替えられて、日本刀が床飾りであった。
 父は時折、白い布でくるんだ丸い粉のようなもので刀をたたきながら眺めていた。
 客間の前の広い廊下には、油紙に包まれた長い槍があって、父や兄が取り出しているのを覗き見すると、槍の先が光ってびっくりしたものだった。
 鏡の前には、顔を洗ったり、お化粧したり、出掛ける前の身仕度のために、誰かしら立っていた。
 着物を着て角帯をパンパンと叩いている時の父、軍服姿の凛々しい父、真っ白い麻の背広にパナマ帽子の父、そんな父の姿に私はひそかに憧れていたが、なぜか怖くて遠い存在だった。父は一体どんな仕事をしているのかと思っていた。
 囲炉裏のある部屋は皆遠慮なく入れるようになっていて、その続きに「下の部屋」と呼ばれる板張りの部屋があった。お祝い事などがあると、親戚や近所の人たちがお料理などを作っていた。その奥が蔵になっていて、その途中には漬物樽、味噌樽などがずらりと並んでいた。
 広い土間の梁には米俵が吊るされ、それだけでも豊かな気分になれた。その隣がお風呂場になっていて「湯殿」と呼んでいた。大きい鏡が家にあったためだろうか。着物を汚したり、兄弟喧嘩して袖が取れそうになったりすると、鏡を見て来なさいと母は怒った。そんな時以外、私には用のない鏡であった。
 だが、いつの間にか、私も自分から鏡の前に立つようになった。髪をかき上げてはおでこを嘆き、色が黒いと言っては色白に憧れ、目の大きいのは嫌だなどと独り言を言いながら自分の顔をつねったり、引っ張ったりしたものだ。長い時間、鏡とにらみ合いをし、美人に生んでくれなかったと母を恨むことさえあった。鏡は私の欠点ばかりを写していた。

遠き山並み 画像4
左から、六男、七男、四男、長男、
二男、三男、五男、著者

お化粧を始めた頃だった。
「お父さんはお化粧するのは嫌いだ。お前はまだまだ若い。若いだけで十分きれいだ。大人になると心が顔に出てくるから、お前の心掛け次第でいくらでも美人になれる。だから、表面だけの化粧はやめろ」
厳しい父の言葉だった。
 自分の気持ちを見透かされたようで恥ずかしく、この鏡がなかったら良かったのに、とまで思った。
 間もなく戦争が激しくなって、父は出征し、下男も下女もいなくなり、お客様も来なくなった。
 お父さんがいないばかりに馬鹿にされると、時折、母が嘆いているのが、なぜか私の心をついた。
 新円の切り替えや地主開放その他によって、家運は傾き、私の家は没落していった。
 鏡は誰よりもその経過を知っているに違いない。
 この頃から、私は客観的に自分を見るようになった。かつては、表面の容姿だけを写していた鏡が、自然な自分の顔を写し出し、自分の心が表情となって出てくることにも気がついた。
 そんな時は、いつも父の言葉を思い出した。
 父が急逝した時、私はあの鏡と向かい合って泣きながら立ち上がった。
 時代の流れと共に鏡も古びていったが、家族にとっては貴重なものであり、兄弟九人のさまざまな思い出を写し、そして巣立って行った。
 父の亡き後、大きな平屋建ての母屋も、周りの建物も壊されて、新しい家に変わった。
 ―あの鏡は、槍や刀はどうなったのだろうか。―
 その後のことは、誰からも聞いたことがない。
 あれほど賑やかだった家も、今では老いた母と兄夫婦の三人だけになってしまった。
 屋敷に草が生えているのはみっともないから、暖かくなったら草取りをしなければと、母はお茶を飲んでいる。
 私は父のこと、鏡のことなどを思い出しながら、窓越しに降る雪を眺めていたが、何だか淋しくなった。

内容紹介(短歌)
一 わが生れし里
遠き山並み 画像5
里の朝明け

早苗田のみどり匂へる里に来て軽き口笛ならして歩む

紅染めの色やはらかき雛衣裳ひとりの節句の甘酒匂ふ

心地良き音ひびかせて雪解けの水は谷より川へと走る

じゅん菜の若芽摘みゐる箱舟の沼面に揺れて夏の近づく

移植せし豆に優しき雨ならむ窓打つ音を聞きつつ眠る

じゃがいもを畠に植ゑつつ想ひ出す農家に嫁かぬと言ひ張りし日を

山深き湯宿に朝市賑はひて色濃き草餅ほの温かし

遠き山並み 画像6
月山の紅葉

夕暮れの空に回れる観覧車旅の終りの車窓にうつる

干し柿の垂るる窓より手を振りて声掛けくるる村道をゆく

朝まだき誰が打つならむ裏山の札所の鐘の音今も変はらず

逆光に揺れてひかりぬすすき穂の一群見ゆる里家の辺り

虫喰いのジャンパー似合ふ叙勲の兄野の花盛りの畦の道ゆく

広々と続く稔り田渡りくる祭り太鼓ののどかなる音

蕗と鰊の煮つけ盛られて村祭り幼日遠き五月の陽ざし

亡き父の十八番の島唄しんみりと酔ひて長兄のまた歌ひ出す

代々の墓直し終へ悔なしと酒交はしゐる長兄八十五歳

野草園と呼びたき程に数知れぬ里家を囲む庭の草花

苅小田を隔てて見ゆる菩提寺の銀杏の黄葉夕光に映ゆ

賑はひし花笠踊りの終る頃里は一気に稲刈りに入る(NHK入選作)

諍ひも逆らひもなくコスモスの花は減反のたんぼに揺るる

人の手に渡りしたんぼはこの辺り歩めば蝗のとび跳ぬる音

マリーゴールド道辺に咲かせ迎へくるる戸数わづかなわが生れし里

わが里もやがて雪野に変りゆく雨はしとしと刈田を濡らす

大き花器隠るる程に紅花の活けられてあり町の役場に

裏山のもみじ葉一枚混りゐて里より届く干柿甘し

いく度もあきらめ重ねわが内の均衡とりつつこの秋のゆく

持ち寄りの料理ほめつつ初恋の続く話はふるさと訛り