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小説

七月のバルコニー

著 / 村上雪子
サイズ:W150×H150mm
製本:ハードカバー
ページ数:16ページ(カラー2ページ)
発行日:2010年12月23日
内容紹介(一部)

一体、アイリスは何を考えているのかしら。

ローズ・カーターは、数メートル離れて一人娘の横顔を眺めた。アイリスはバルコニーの椅子に座って、ぼんやりと庭を眺めている。くっきりとした眉に、意志の強い眼差しと通った鼻筋。柔和な性格が面立ちにも現れているローズとは、全く似ていない娘であった。アイリスを分からないと思うのは、今に始まったことではない。それにしても、今回の婚約は理解の範囲を越えていた。

カーター家はロンドンを拠点とし、植民地から香辛料や薬剤を買い付ける大規模な商家だった。裕福ではない貴族の次女として生まれたローズが、この家に嫁いだのが四半世紀前のことだ。カーター家の資金援助をあてにした父が、ローズの意向も聞かずに勝手に決めてしまった結婚だった。厳格な父親に逆らうことなど考えたこともないローズだったが、顔も知らぬ相手との結婚には泣きじゃくって抗議した。もっとも十六歳の小娘のささやかな抵抗など、聞き入れられるはずもなかったのだが。

ジョージは夫としては悪くはない、と今なら思える。結婚当初は、どう接していいか分からない日々が続いた。ジョージは寡黙で無駄口を叩かない。ローズから語りかけても、相槌を打つだけだ。口数が少ないだけで誠実な人なのだと心から納得するまで、どれほど時間がかかったことか。

ローズはカーター家の仕事に全く興味がなく家事の切り盛りに専念したが、アイリスは違った。父にも母にも似ない朗らかで活発な性格に育った娘は、料理や庭の手入れよりも、父親の仕事の補助をしたがった。ローズが見ても意味が分からない伝票の山に向かい、楽しそうにてきぱきと処理していた。そのアイリスに夫は縁談を持ち込んだ。相手は、カーター家の南アフリカでの商談に協力しているバートンという男だった。夫としていかに申し分のない人物か、ジョージはいつになく切々と説いた。それは当たっているのかもしれない。でも、アイリスの気質を考えると、結婚相手くらい自分の意思で選びたいのではないか。自分の気持ちなどおかまいなしに縁談が進んでいく心地悪さを、ローズは今でも忘れていない。

その予想を裏切り、アイリスは二つ返事で承諾した。会ったこともない相手との結婚を嫌がる様子はない。相手も了承しているらしく、婚約はすぐに成立した。一体、この娘は結婚をどう考えているのだろう。