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小説

ラストスマイル/ネクサス

著 / 菊地誠
サイズ:四六判
製本:ハードカバー
ページ数:308ページ(モノクロ)
発行日:2010年12月24日
価格:1,555円(+消費税)
ISBN:978-4-903935-49-2
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内容紹介(一部)
1

僕は二十四歳で、稚内空港からタクシーのシートに座っていた。雲を貫くように建つ、どこか宗教的な記念塔の前を通り過ぎるところだった。

ラジオから物悲しいギターのメロディーが流れる。それはラブサイコデリコの『Last Smile』だった。運転手は興味がないのか、それとも聴き飽きたのか、すぐにチャンネルを変えた。チューニングが合う直前、聴き覚えのないギターの音色で曲が終った。外国人DJが流暢な英語でアーティスト名をSTRAIGHTENERと告げる。曲名を告げようとした瞬間、「お客さん」と運転手に呼ばれたので曲名は聞き取れなかった。

どうやら目的の場所に着いたらしい。タクシーは停車していて、運転手が、ここで降ろしていいのかと訊いた。僕は降りますと笑顔で答えた。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫です。ありがとうございます」と僕は財布を用意した。

目の前には一本の電柱を境にして未舗装路の道が奥まで伸びていた。二本の轍があり、道を縁取るように熊笹が深く生えている。車では困難な道幅だ。

運転手が乗車賃を告げる。予想以上に高額だったので僕はカードで支払った。

「よい旅を」と運転手がこの日はじめての笑顔を僕に向けた。

「ありがとうございます」と僕は作り慣れた笑顔で一礼し、外に出た。

僕を出迎えてくれたのは、一条の凍てつく冬の風だった。

度々記憶の引き出しから零れ落ちる最良の日々は、複雑に捻れ、歪み、僕の頭と胸を苦しめた。

この地の冬の風は、まるであの日のように皮膚を裂き、肉を抉り、心の奥底まで斬りつけるナイフのようで、少しの迷いや手加減もなく僕の肌を斬りつけた。

二つの傷口が疼く。一生消えることのない傷。

愛と裏切りの傷跡。困惑と混迷の中で刻まれた傷跡。

だけど、その傷跡が僕を強くさせ、愛を強くさせた。

僕は空へと両手を伸ばしてみる。左手首に嵌められた黒色のリストバンドから、赤い糸が天に向けて伸びているのが見える。

彼女へと繋がる頚動脈のような真紅の糸が。

見上げた空のキャンバスにあの頃の彼女を思い描く。風の数より多い笑顔を思い描く。雨より悲しい泣き顔を思い描く。雪より柔らかな唇を思い描く。甘い記憶。温かな記憶……。

頭の中が彼女でいっぱいになっていることに気づき、声のない笑いを零す。

赤色のダウンジャケットの右ポケットに手を入れる。中にあるものを掴み、ゆっくりと掌を広げる。

掌にはブランド品じゃない、安価な指輪が十の字に光っていた。

あの日、彼女が欲しがっていた指輪は今、宝石店のダイヤモンドよりも眩しく、彼女の大好きな南十字星よりも神々しく光り輝いている。

目を閉じる。風が熊笹をさらさらと鳴らしながら僕に記憶を運んできた。口から頬へと幸福な笑みが広がっていく。


彼女が最後に見せた笑顔を思い出したから……。