小説 | 徒然草の断編 悲田院堯蓮と大福長者兼康

書籍画像「悲田院堯蓮と大福長者兼康」

著 / 三浦孝明

  • サイズ:四六判(W127xH188mm)
  • 製本:ソフトカバー
  • ページ数:274ページ
  • 発行日:2017年12月7日
  • 価格:1,500円(+消費税)
  • ISBN:978-4-907446-69-7
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内容紹介(一部)

仁王門の前で、

「方丈華厳院にお通り下さい。忍性様が心待ちになっておられます」

と、寺男が畏まって伝えてきた。

四王門を過ぎると正面に金堂があり、その裏手に講堂があった。方丈華厳院はその裏手にある。

頭頂が高くやや面長な顔に、人並み外れて大きな鼻をした立派な僧が、太い眉の奥にある慈悲深い眼差しを投げかけながら、

「浄蓮殿、よく参られた。さあこれへ」

と、父と私を方丈の奥へ誘って下さった。その方が忍性様であった。

「して……、その水干(男子の平安装束の一つ)のお子はどなたじゃな」

優しげな眼が私に微笑みかけてきた。

(以下略)

忍性様は、病に侵された者や貧しき者の救済、道路の建設、港湾の整備、井戸の掘削など様々な活動を鎌倉で行っておられたが、私が極楽寺で五年間の修業を終える頃には、悲田院など親を失った子供達、貧しき者、そして病を得た者のための救済施設に加えて、近隣の桑谷に新たな療養施設を設け、訪れる者を無条件で受け入れて健康状態を訊ね、診断し、介護を行うなどその活動を一層広げておられたのである。

この施設が受け入れた患者数は、年間数千人にも及び、鎌倉の住人の多くがこの施設を訪れて治療を受けていたが、財政面からそれ等を支えていたのは、五代執権時頼様から寄贈された荘園であった。

桑谷の施設には毎月二百名もの患者が来院し、二十名にも及ぶ看護人が活動していたが、それは医僧良忠の著書「看病用心抄」にある、「患者一人に対し、三人の看病人が必要であり、その内一人は病者の傍らにいて病人の要求に答え、一人は枕辺で念仏をすすめ、残る一人は端に控えて雑事に当たるよう」とした看護基準に従ったものであった。

(以下略)

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